


6月定例会の初日の目玉は議案第20号の「大磯町立の中学校等の設置に関する条例の一部を改正する条例」でした。大磯幼稚園を廃止することに伴い、大磯町が設置する幼稚園から大磯幼稚園を令和6年4月1日に削るということです。
令和6年度に大磯町立大磯幼稚園を民営化し、公私連携幼保連携型認定こども園へ移行することに伴い大磯幼稚園を廃止するために条例の改正をするものでした。
以前大磯幼稚園のPTAの方から頂いた資料では、秦野市の子ども園は全て市立でした。なので、大磯町でもできるのでないかというのが皆さんのお考えであったと思います。私もその頃は、できることなら町立の認定子ども園がベストではないかと思いましたし、大磯地区と国府地区に公立の幼稚園保育園機能の園がそれぞれあるのが理想なのかなとは思いましたが、利用者目線ではそうではないのではないかと思うようになりました。
大磯町の方向性は民営化です。その川の流れをいきなり止めることや真逆にするのは今はむずかしいし、開園が遅れるのではないかと思います。保育希望の方々をさらに待たせることが町にとって良いこととは思えないので、少しでも良い民間事業者を探すため、募集期間を長くするためにも今回提案の議案20号は必要と考え賛成しました。
当日述べた賛成討論の内容とほぼ同様の原稿を添付します。
上の写真の陳情は福祉文教常任委員会で採択されましたが、この陳情が提出された時に私は福祉文教の委員ではありませんでしたので、陳情の審査には加わっていませんが、審査に加わっていたとしたら、私はこの陳情については内容に疑問があるので、採択はせずに趣旨採択です。
子供が初めて所属する社会は慎重に選びたいものです。大磯町は神奈川県のなかでも早くから幼児教育が行われていたということが大磯町史を見るとわかります。初めは大磯小学校に幼稚園があったようですが、戦後子どもが増えて現在の位置に移動したようです。私も大磯幼稚園の卒園生ではありますが、園舎は建て替えられたものなので、自分が通っていた幼稚園という意識はありません。しかし、運動会に行われているリンゴとりについては、昔とはリンゴの品種も違うし、私の時代にはリンゴに割りばしでつくった紙の旗が差してあったものが、衛生面を考えてのことか、かごに入っているリンゴを走って行ってとって来るというように最近は姿を変えていますが、伝統種目として、ずっと続けているんだなぁと、懐かしく眺めました。サンキッズになる前の国府幼稚園でも行われていましたが、今はどうかな。うちの次男は町立の小磯幼稚園に通っていましたが、リンゴ取りはなかったように思います。
通っていた幼稚園がなくなってかわいそうと親は思いますが、果たして子どもはどうなのでしょうか。幼稚園からずっと友達のこともあれば、小学校中学校へすすめば、世界も広がり、仲の良い友達も変わってくることもあります。現在が充実している子は過去である幼稚園のことなど忘れてしまうのではないかと思います。子どもによりますが、幼稚園があまり楽しくなかった子どもはその頃の記憶を消してしまうこともあるようです。子供たちにとって大事なのは今で、過去ではないと思います。
親はいつまでも小さな子どもでいてほしいと思ったり、首根っこに子供がくっついていたころを思い出すと胸が熱くなったりします。親にとっては幼児期の子どもと過ごした場所は大事なのかもしれないですが、現物がなくても思い出だけで充分なのではないかと思います。子どもは親のそんな思いなど知ったことではありません。子どもはいろいろなことに興味を持ち、どんどん自分の力で新しい世界を広げ、親から離れていきます。親も子供が小学校に入学するあたりから、上手に子離れしていかないといけないのではないかと思います。
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